スクウェア・エニックス


株式会社スクウェア・エニックス
Square Enix Co., Ltd.
略称 スクエニ、SQEX
種類 株式会社
業種 情報・通信業
設立日 2003年4月1日
年齢 23周年
設立者 福嶋康博(エニックス)
宮本雅史鈴木尚(スクウェア)
上場 上場企業


概要[編集]

日本の総合コンテンツ企業。

ゲームソフト(家庭用・PC・スマホ)、アミューズメント施設の運営、アーケードゲーム、書籍出版事業を有する。

詳細[編集]

平成15年に旧エニックスと旧スクウェアが合併して成立した企業で、日本国内第4位のゲーム会社であり、漫画出版社としても準大手である。持ち株会社はスクウェア・エニックス・ホールディングス

旧スクウェアの開発部門、旧エニックスの販売部門をひきついでいる。

名前が長い為通常はスクエニの略称で呼ばれることが多い。

平成21年に英国の大手ゲーム会社・アイドスを買収し、同社をスクエニの欧州法人スクウェア・エニックス・ヨーロッパ(Square Enix Europe)と改称したが、令和4年にアイドスの版権を譲渡し、スクエニのIPから外れた。

同社は、「ドラゴンクエスト」、「ファイナルファンタジー」、「サガ」、「スターオーシャン」等の人気タイトルを手掛けており、「キングダムハーツ」は、ディズニーとの共作であり、開発と発売をスクエニが行うが、著作権をディズニー側が持っている。

また、デジタルエンタテインメント、アミューズメント、出版、ライツ・プロパティなどの4つの領域で事業を展開しており、日本だけでなく、アメリカやヨーロッパなど、世界のエンタテインメント・コンテンツ/サービスの集積地にも事業拠点と開発スタジオを設けている。

合併[編集]

旧スクウェアと旧エニックスの統合は、**映像のスクウェア**と**編集のエニックス**という逆方向の天才文化の接続であり、JRPG史における象徴的事件とされる。 ファン界隈では「どちらがどちらに引きずられたか」が現在も論争の種である。

旧スクウェア[編集]

旧スクウェア(Square Co., Ltd.)は1980年代後半〜90年代にかけて、**RPGの演出技術**を極端に引き上げ、90年代コンソール業界の主役級へ浮上した開発会社。 特に**プレイステーション戦略**、**映画的演出**、**CGムービー文化**の三点で世界的な認知を得る一方、技術偏重と高コスト体質が経営リスクへ転化した。

代表作と思想[編集]

  • 『ファイナルファンタジー』シリーズ
 作品ごとに**技術実験**と**ドラマ性**を追求し、特にFFVIIは「JRPG革命の瞬間」と評される。  
  • 『サガ』シリーズ
  • 『聖剣伝説』シリーズ
  • 『フロントミッション』シリーズ

技術文化[編集]

  • CGムービーや実写的カメラワークを早期に導入
  • 音響演出やカットシーン演出の強化
  • **豪華だが利益率が薄い**という構造的矛盾を抱えた

→ 当時は「世界一ムダに豪華」と評されることもあった

賭けと代償[編集]

映画『FINAL FANTASY』制作は当時のゲーム企業として異例の**ハリウッド型制作**への挑戦だった。 成功すれば世界IP帝国、失敗すれば重大な経営リスクという判断に対し、後者へ転がった。 この出来事は後のスクエニ統合のトリガーの一つとして語られる。

文化的影響[編集]

  • 「JRPGは映画になる」という価値観を先行実装
  • 映像文化がゲームへ侵食する潮流を加速
  • のちにNaughty DogやCDPRのシネマティック路線と比較されることも多い

旧エニックス[編集]

旧エニックス(Enix Corporation)は、**出版社型ゲーム企業**として成長した稀有な存在であり、自社開発比率を抑えつつ**企画・編集力**と**作家性のマネジメント**でヒットを生み出した。

代表作と思想[編集]

  • 『ドラゴンクエスト』シリーズ
 **UIの明快さ**、**システム知能の抑制**、**情緒の設計**が徹底され、国民的RPGとして広く普及。  
 “週刊少年ジャンプ+鳥山明+堀井雄二”による編集的布陣は当時の世代を制した。  

組織文化[編集]

  • 出版社的エコシステムを持ち、外部スタジオへの委託を中心としたモデル
  • 固定費を抑えつつ、作家・開発会社・メディアを束ねてヒットを創る**編集型モデル**
  • 技術投資よりも**企画のキレ**と**市場コミュニケーション**を優先

→ スクウェアとは別方向の合理性

文化的影響[編集]

  • DQは家庭用RPGの“入門装置”として機能
  • UI設計の柔らかさ、導線設計、階段的難度設計は現在も参照例が多い
  • スマホゲームやブラゲの企画方式にも遠い影響を残したとされる


話題[編集]

余談[編集]