| 安田美沙子 | |
|---|---|
| 誕生日 | 1982年4月21日 |
| 年齢 | 44歳 |
| 出身地 | 京都府 |
| 国籍 | 日本 |
| 活動期間 | 2002年 - |
| リンク | https://www.yasudamisako.com/ |
概要[編集]
安田美沙子(やすだ みさこ、1982年4月21日 - )とは、京都府出身のタレント・女優である。2002年のミスマガジンをきっかけに世に出て、テレビ出演とグラビアで知られたのち、現在はラジオのレギュラーとブランドのプロデュースを中心に活動している。
詳細[編集]
経歴[編集]
1982年4月21日、京都府に生まれる。講談社が主催するミスマガジンの2002年の選考をきっかけに注目を集め、以後グラビアとテレビ出演を並行して活動を始めた。
テレビではTBS系の情報バラエティ『アッコにおまかせ!』をはじめとするバラエティ番組に多く出演した。女優としてはテレビ朝日系『熟年離婚』、フジテレビ系『任侠ヘルパー』、NHKの連続テレビ小説『カーネーション』などに出演している。
現在はラジオのレギュラー出演を続けるほか、自身が手がけるプロダクトブランド「FOUR O FIVE」をプロデュースし、二児の母として生活や食にまつわる発信を行っている。趣味に料理・サーフィン・競馬、特技にマラソン・ピアノ・バスケットボールを挙げている。
走る人としての側面[編集]
安田を語るうえで外せないのが、マラソンへの関わりである。ランニングを趣味の域を超えて続けており、地方のマラソン大会にゲストランナーとして招かれる例が重ねられてきた。
これはタレントの活動としては特異な位置にある。テレビの出演枠は、本人がどれだけ努力しても枠そのものを自分では作れない。一方、走ることは記録が本人の積み上げでしか動かない領域であり、大会からの依頼も「走れること」という具体的な条件で発生する。杉原杏璃が投資、岡田紗佳が競技麻雀、時東ぁみが防災の資格でそれぞれ確保したものと同じ位置に、安田の場合はマラソンが置かれている。
依頼が来るかどうかを本人が決められない職業にいる人が、自分の側に判断の主導権がある領域をどこに持つか。答えは人によって違うが、問いは共通している。
グラビア出身者の進み方[編集]
ミスマガジンは講談社のグラビア系オーディションとして長く続いており、ここから出た人の進路は大きく分かれてきた。女優の方向へ進む人、バラエティ番組での立ち位置を確立する人、活動の中心を別の事業へ移す人などがある。
安田の場合は、いずれか一つに絞らず並行させる形をとってきた。この進み方は目立つ肩書きが生まれにくい代わりに、どれか一つの需要が細っても全体が止まらない。熊田曜子や小倉優子といった同時期のグラビア出身者がそれぞれ別の解を選んでいるのと合わせて見ると、この世代が置かれていた条件がよく見える。
よくある質問[編集]
Q. デビューのきっかけは? 2002年のミスマガジンである。以後、グラビアとテレビ出演を並行して活動を始めた。
Q. 出身はどこ? 京都府である。
Q. 現在も活動している? している。ラジオのレギュラー出演、ブランドのプロデュース、生活や食に関する発信を続けている。
Q. マラソンの実績は? 市民ランナーとして各地の大会に参加しており、大会のゲストランナーを務めることもある。
余談[編集]
- 特技として挙げている項目がマラソン・ピアノ・バスケットボールと運動と音楽にまたがっており、趣味の側にも料理・サーフィン・競馬が並ぶ。プロフィールの項目数が多い人ほどテレビでの企画に呼ばれやすいというのは業界でよく言われることだが、安田の場合は実際にそれぞれが番組の企画として成立している。
- 関西出身のタレントがバラエティ番組で話し方の点で有利に働くと言われることがあるが、京都府出身者はこの文脈で大阪出身者と一括りにされやすく、本人が違いを説明する場面が繰り返されるという事情がある。
- ブランド名の「FOUR O FIVE」は数字を英語で読んだ形であり、日本語で「405」と表記されないため検索では両方の表記が使われている。