杉原 杏璃
Anri Sugihara
誕生日 1982年6月12日
年齢 44歳
出身地 広島県福山市
国籍 日本
身長 157cm
血液型 A型
職業 タレント、投資家、実業家、元グラビアアイドル
活動期間 2001年 -
代表的な実績 著書『株は夢をかなえる道具』ほか
事務所 フリー(マネージメント契約:アスリート・マーケティング)
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概要[編集]

杉原杏璃(すぎはら あんり)とは、日本タレント・投資家・実業家で、元グラビアアイドルである。広島県福山市出身。グラビアで活動しながら株式投資を続け、その経験をもとにした著書や講演でも知られる。

詳細[編集]

1982年6月12日生まれ。高校卒業後に東京都へ出て、2001年から芸能活動を始めた。2003年ごろからグラビアの仕事が本格化し、週刊プレイボーイをはじめとする男性誌や写真集で長く活動している。スターダストプロモーション、ARIMAX、フィットを経て、現在はフリーでマネージメント契約を結ぶ形をとっている。

出演作には映画『走り屋ZERO ストリート伝説』『お墓に泊まろう!』、テレビドラマ『LOVE理論』などがある。2015年には自伝的小説『…and LOVE』を発表し、その映画化では自ら主演を務めた。2018年10月に結婚している。

投資を始めた理由と、その経路[編集]

杉原が株式投資を始めたのは23歳のときで、元手はおよそ30万円だったと本人が繰り返し語っている。5年ほどで運用資産は1000万円に達し、投資歴を重ねるなかで資産は1億円を超えたとされる。

この転身は個人の趣味というより、グラビアアイドルという仕事の構造と切り離せない。グラビアの仕事量は年齢と需要の関係に左右され、いつまで同じ頻度で続けられるかを本人の側から決められない。毎年新しい受賞者が送り出されるグラビアアイドルのコンテスト文化もあって、活動の見通しは本質的に立てにくい。次の仕事が来るかどうかを自分で決められない職業にいる人にとって、働かなくても収入が生じる仕組みを別に持つことは、趣味ではなく備えである。

実業への展開[編集]

2014年にはグラビアでの経験を踏まえたソフト補正下着のブランドを立ち上げ、通販チャンネルを通じて長期の定番商品に育てたと報じられている。

自分が実際に使う側にいた商品を扱う形は、知名度を貸すだけの商品化と性質が異なる。着け心地や見え方について語れる内容を本人が持っているため、宣伝の言葉が経験の説明として成立する。タレントが商品を出す企画は数多いが、続くものと続かないものを分けているのは、この「語れる中身があるかどうか」であることが多い。

投資を教える側になるということ[編集]

著書には『株は夢をかなえる道具』(祥伝社)、『マンガでよくわかる株1年生』(かんき出版)、『お金に働いてもらう! ほったらかし投資』(ポプラ社)などがあり、投資関連のメディアや講演にも継続して登場している。

この位置は、日本で個人の資産運用が一般の話題になった時期と噛み合っている。投資の解説は、専門家が書くと正確だが読み手との距離が遠く、まったくの初心者が書くと信用が足りない。元手30万円から始めて長く続けてきたという経歴は、その中間に立てる数少ない条件であり、専門的な肩書きを持たないことがかえって読者との近さになっている。

グラビアという仕事の構造[編集]

グラビアアイドルの仕事は、週刊プレイボーイFLASH (雑誌)FRIDAYといった週刊誌のグラビア枠と、写真集の刊行が中心になる。雑誌は毎週発行され、その都度誰を載せるかが決まるため、仕事の有無が短い周期で判断され続ける構造にある。

アイドルグループに所属している場合はグループの活動が土台になるが、個人で活動する場合はその土台がない。杉原のように長く第一線に残る例はあるものの、女優タレント業へ軸足を移す、あるいは活動の頻度を落とすという経路をたどる人のほうが多い。本人が投資と事業を並行させたのは、この構造への個別の答えでもあった。

余談[編集]

グラビアアイドルから別の職域へ移る例は多いが、その先が女優タレント業であることが一般的で、投資や事業がそのまま本業の一つになった例は多くない。

芸能の仕事は、単価が高い代わりに継続の保証がない。一方で投資は、元手が小さいうちは増え方も小さいが、続けている限り本人の年齢に左右されない。この二つを並行させる形は、収入の性質がまったく違うものを組み合わせて全体の振れ幅を抑える考え方そのものであり、本人が語る内容がそのまま職業選択の説明になっている珍しい例といえる。

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