東方神起(とうほうしんき、テンプレート:Lang-ko-kr-short、テンプレート:Lang-zh-short)は、韓国出身の男性デュオ。レコード会社兼芸能事務所のSMエンターテインメントに所属し、韓国や日本を中心に活動している。
メンバー
テンプレート:Main2 名前の表記と生年月日は、公式サイトの「PROFILE」に準拠[1][2]。
| 名前 | 生年月日 | 担当 |
|---|---|---|
| ユンホ (ユノ) |
1986年2月6日(40歳) | リーダー、ローパート、ラップ[3] |
| チャンミン (マックス) |
1988年2月18日(38歳) | ハイパート[4] |
| 旧メンバー | ||
| ジェジュン (ヒーロー) |
1986年1月26日(40歳) | メインパート[5] |
| ユチョン (ミッキー) |
1986年6月4日(40歳) | ミドル・ローパート[5]、ラップ |
| ジュンス (シア) |
1987年1月1日(39歳) | ミドル・ハイパート[5] |
2010年に事務所を離籍したジェジュン、ユチョン、ジュンスの3名は、後にJYJとしての活動を開始した。
概要
2003年結成[6] 。2004年に韓国でデビュー、2005年に日本デビュー[1]。2010年までは5人組ボーカルグループで活動していたが、2009年7月メンバーのうちジェジュン、ユチョン、ジュンスの3人が所属事務所に対する専属契約効力停止の訴訟を起こし[7][8]、5人での活動が無期限休止され、翌2011年1月カムバック以降は2人で活動している。事務所を離籍した3人は2010年4月より「JYJ」として活動[7][8]。
デビュー当初は「アカペラ・ダンスグループ」を自称していたが[9]、現在はメインボーカルが抜けた為ダンス・ボーカル・グループと紹介されるのが一般的[10][11]。
グループ名は「東方の神が起きる」という意味で名付けられたものであり、漢字の通用する中国、韓国、日本を中心に世界に広く知られるグループになるようにという思いが込められている[12]。公式のラテン文字表記は「TVXQ!」(ティー・ブイ・エックス・キュー。TVXQ )。これは「東方神起」の中国語読みをローマ字表記したつもりの「Tong Vfang Xien Qi」の頭字語から名付けられたものである(実際には呉語、湖南方言、ベトナム語以外の漢字音にvという音価が入ることはなく、中国共通語で正しくつづるとDFSQ: Dong Fang Shen Qiである。Vfangというのはミススペルである)。日本では、これに代わり日本語読みのローマ字表記「Tohoshinki」が使われている。
メンバーはコーラス、アカペラ、ダンスをこなし、全員がメインボーカルを担当できる形式を採っている。また、一部楽曲では作詞・作曲・編曲も手掛けている。スタイル的にはユ・ヨンジンが生み出した「SMミュージック・パフォーマンス」(SMP) を継承し[13][14]、ただH.O.T.と違い、俳優業も行っている。
公式グローバル・ファンクラブの名前は「Cassiopeia」(カシオペア)で、これとは別に日本には「Bigeast」(ビギスト)という公式ファンクラブもある。グループカラー(応援色、風船色)は「パールレッド」。
来歴
2003年:結成・デビュー
2003年、韓国大手芸能事務所のSMエンターテインメント(以下「SM」)が、それまで韓国アイドル界で一般的であった役割分担を廃し、メンバー全員がメイン・ボーカルを務められる「アカペラ・ダンス」という新たなスタイルのボーイバンドを企画[6][15]。自社に所属する練習生の中から様々な組み合わせが検討された結果、それぞれソロや別グループでメインボーカルとしてデビューの準備を進めていたジュンス、ユンホ、チャンミン、ジェジュン、ユチョンの5人が選抜され、事務所では『ドリームチーム』(金英敏)と呼ばれるグループが誕生した[15]。当時、SM内では中国本格進出の切り札として位置付けられていたことから[14]、中国風の漢字4文字のグループ名と芸名が与えられ[16]、同年12月26日にSBSの特別番組で初披露されたのち、翌2004年1月14日にシングル『HUG』でCDデビューを果たした[17]。
デビューには総額80億ウォンに上る多額の投資がなされたが[18]、このころの韓国歌謡界は1990年代後半から続いていた第1次アイドルブームが下火となり、ピなどソロ歌手が全盛を極めていたため、デビュー当初は活躍できる余地はないと見る向きが多かった[19][20]。しかし、デビュー曲は『SBS人気歌謡』の「ミュティズンソング」に3週連続で選ばれ[21]、同年末の主要音楽賞でも本賞や歌手賞を受賞するなど[22][23][24][25]、予想を覆す活躍で瞬く間に同国のトップグループへと伸し上がった[9]。彼らの成功が与えた影響は大きく、SS501など他のアイドルグループの結成を促す効果をもたらして、のちの韓国アイドル界再興の端緒をも開くこととなった[26]。
2004年:海外進出
2004年3月に台湾で1stシングルのライセンス盤を発売したのを皮切りに海外進出を開始させ[9]、同年11月にはグループ結成時からの目標であった中国進出の手始めとして、現地で中国限定の中国人メンバーを選抜するためのオーディション番組を製作することを発表した[27]。同時期に40億ウォン[28] を投じて日本での活動もスタートさせ[29]、翌2005年4月にはSMの提携先であるエイベックスのレーベル「rhythm zone」から日本語曲「Stay With Me Tonight」で正式に日本デビューを果たした。日本ではアイドル色を薄めてアーティスト色を強めたイメージで売り出し[30]、またJ-POP歌手として継続的に活動するため、当時日本でブームとなっていた韓流からは距離を置いて活動をした[31]。
2005~2006年:グランドスラム達成
日本でのデビュー後、2005年9月に韓国で2集(2ndアルバム)『RISING SUN』を発表し、同月に蚕室総合運動場主競技場で5万人以上の観客を集めるショーケース・ライブを開催[32]。その後、翌2006年2月にはソウル・オリンピック公園体操競技場でグループ初となる単独公演[33]、同年5月から6月には日本で初めてとなるライブツアー[34]、翌7月と9月にはマレーシアとタイで「ライジング・サン・ファースト・アジア・ツアー」と題した韓国国外では初となる大規模公演を成功させた[35][36]。
タイ公演を終えると、すぐに韓国で3集『“O”-正・反・合』を発表。プロモーション中にユンホがファンを装った女から接着剤が入った飲料水を飲まされるという災難に見舞われたものの[37]、同アルバムは年間1位となる30万枚超の売上を記録して、同年のゴールデンディスク賞で大賞を受賞した[38][39]。また、このほかMKMFでは「今年の最高アーティスト賞」、ソウル歌謡大賞やSBS歌謡大典では大賞を受賞し、韓国の主要音楽賞を制覇する活躍を見せた[39]。
2007~2008年:初のオリコン1位と韓国凱旋
その間、中国への本格進出はメンバーの追加が先延ばしになる[40] など事実上頓挫していたが、日本での活動は不祥事でジェジュンが一時活動を自粛するハプニングがあったものの[41] 継続的に進められていた。しかし、歌える環境が整っていないステージに立たされるなど[注釈 1]、デビュー後すぐにトップスターとなった韓国では経験してこなかった歌手としての地道な活動の連続に、メンバーらは戸惑いや苦々しさを感じていた[20][44]。それでも、「とにかく日本で実績を残してから韓国に帰らなければ」との思いを抱きながら、その後も活動を進めた結果[45][46]、徐々に知名度や人気が高まり[47]、2007年6月には日本武道館での2日連続公演を成功させ[48]、翌2008年1月にはシングル『Purple Line』で初めてオリコン週間シングルランキングの1位を獲得する[49] などの成果を収めるようになっていった。
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