秋葉原ラジオ会館

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概要[編集]

秋葉原ラジオ会館(あきはばらラジオかいかん)とは、秋葉原駅電気街口の正面に建つ商業ビルである。1950年開業の老舗で、かつては電子部品と電気店の街の顔だったが、1990年代末からフィギュア・ガンプラ・トレカなどの専門店が集まり、「ガレージキットの聖地」と呼ばれるホビービルになった。

詳細[編集]

所在地は東京都千代田区外神田1丁目。JR秋葉原駅電気街口を出て南側、真正面にあり、秋葉原に来た人がまず目にする建物のひとつである。

1950年の開業当初は木造2階建ての長屋式の建物で、電気店16店舗が入る小さな会館だった。1962年11月に8階建ての「秋葉原ラジオ会館電化ビル」が竣工し、秋葉原電気街で初の高層ビルとなる。1972年には北側に8階建ての新館を建て、南側のビルと合体させて旧本館が完成した。

館名の「ラジオ」は、開業当時この言葉が無線機に限らず電子機器全般の代名詞として使われていたことに由来する。旧本館正面の「世界のラジオ会館 秋葉原」という大型ネオン看板は、長く秋葉原の象徴だった。

電気の館からホビーの館へ[編集]

転機は1990年代後半である。ラジオ会館に入っていたパソコンメーカーのショールームが次々に撤退し、その空きフロアに漫画、トレーディングカード、ガレージキットの専門店が入居していった。

2000年12月時点では、こうした専門店が店舗フロアの約半分を占めるまでになっていた。秋葉原全体が家電の街からオタクの街へ変わっていく流れを、ひとつのビルの中で先取りしたような存在である。

建て替え[編集]

旧ビルは築50年近くが経ち、耐震性が問題になっていた。2011年4月に建て替えが発表され、同年8月4日に最後の店舗が閉店して全店が撤退した。2012年3月にはあのネオン看板も解体されている。

工事中は、旧石丸電気の店舗跡などを使った1号館・2号館と、仮設の3号館に分かれて営業を続けた。新しい本館は地上10階・地下2階で、2014年7月20日に全面オープンした。旧本館に入っていた店のおよそ半分が戻り、地下1階にはラジオ会館史上初の飲食店として「銀座ライオン」が入った。

主なテナント[編集]

新本館には、K-BOOKS秋葉原本館、海洋堂ホビーロビー東京、ボークスのドールポイント秋葉原、イエローサブマリン秋葉原本店、あみあみ、アゾンレーベルショップ、ホビーステーションなどが入居している(テナントは入れ替わりがある)。フィギュア、ドール、トレカ、同人・中古グッズがワンフロアごとに揃う構成で、1棟回るだけで秋葉原のホビー事情がひととおりわかる。

よくある質問[編集]

ラジオ会館はどこにある?
JR秋葉原駅電気街口を出た正面(千代田区外神田1丁目)。
いつ建て替えられた?
2011年に旧館が閉館・解体され、2014年7月20日に新本館がグランドオープンした。
なぜ「ラジオ」会館?
開業した1950年当時、「ラジオ」が電子機器全般を指す言葉として使われていたため。

余談[編集]

  • 旧本館7階には「パーソナルコンピュータ発祥の地」と記したプレートがあった。
  • 創業者の七條兼三は日本将棋連盟・日本棋院の支援者で、旧本館8階の社長室には和室と日本庭園があり、プロ棋士の対局場として使われていたという。電子部品のビルの最上階で将棋が指されていたというのは、なかなか味わい深い。
  • 仮設の3号館の跡地には、2019年11月に商業ビル「BiTO AKIBA」がオープンしている。
  • 秋葉原のほかのランドマークは秋葉原、同じくホビー店が集まる大阪の電気街はでんでんタウン、中野の老舗ビルは中野ブロードウェイを参照。

外部リンク[編集]

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