| 永井豪 Go Nagai | |
|---|---|
| 誕生日 | 1945年9月6日 |
| 年齢 | 81歳 |
| 出身地 | 石川県輪島市 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 漫画家 |
| 肩書 | 株式会社ダイナミックプロダクション |
| 活動期間 | 1967年 - |
| 代表的な実績 | 『デビルマン』『マジンガーZ』『ハレンチ学園』 |
| 受賞 | 講談社漫画賞(1980年・『凄ノ王』) |
| 事務所 | ダイナミックプロダクション |
| 関連活動 | アニメ原作・共同企画 |
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概要
永井豪(ながい ごう、1945年9月6日 - )とは、日本の漫画家である。『デビルマン』『マジンガーZ』の作者で、1969年に制作会社ダイナミックプロダクションを設立した。
詳細
石川県輪島市出身。石ノ森章太郎のアシスタントを経て、1967年に「目明しポリ吉」でデビューした。1968年に創刊されたばかりの週刊少年ジャンプで『ハレンチ学園』を連載し、初期の同誌を支える看板作品となった。
マジンガーZが発明したもの
1972年の『マジンガーZ』は、巨大ロボットものの形式を作り替えた作品である。それ以前の巨大ロボットは、外部からの遠隔操作か、自律的に動く存在として描かれるのが一般的だった。本作は人間がロボットの内部に乗り込んで操縦するという形をとった。
この一点が後続に決定的な影響を与えたのは、単に絵面が新しかったからではない。搭乗型にすると、操縦者の判断ミスや恐怖がそのまま機体の動きになる=ロボットが人物のドラマの一部になる。同時に、コックピット・合体・換装といった要素が生まれ、そのまま玩具の構造として商品化できる。作品と玩具が同時に成立する設計であり、以後のロボットアニメと玩具産業の関係はここを出発点として語られる。
デビルマン
同じ1972年連載の『デビルマン』は、悪魔の力を得た少年を主人公にしながら、終盤で人間の側が集団的な暴走を起こす展開をとる。少年誌の連載作品で救済のない結末を描いた例として繰り返し参照され、少年漫画に悲劇を持ち込めることを示した作品という位置づけをされている。
表現をめぐる議論
『ハレンチ学園』は連載当時、教育団体などから強い批判を受け、国会でも取り上げられるなど社会的な議論の対象になった。永井の作品は性表現と暴力表現の両面で当時の少年漫画の線を動かしており、その線をどこに引くべきかという議論は当時も現在も決着していない。事実として、この論争を経た後の少年誌の表現幅が以前と同じではなくなったことは確かである。
よくある質問
- ダイナミックプロとは何か
- 1969年に設立した永井豪の制作会社で、作品の著作権管理や映像化の窓口を担っている。
- アニメとの関係は
- 『デビルマン』以降、テレビアニメに原作者・共同企画者として関わる作品が多く、漫画とアニメを並行して展開する形が早くから取られていた。
余談
- 1996年に日本SF作家クラブ会長に就任している。漫画家がSF作家の団体の会長を務めたのは当時としては珍しい。
- 『マジンガーZ』はスペイン語圏・イタリアで極めて高い知名度を持ち、日本国内の認知より海外のほうが世代的な共通体験として強く残っている国がある。