お台場

2時間前に更新👥 3人が編集
この記事はだれでも書き足せます。ログイン不要・1行でもOKはじめ方 ›
2026年9月15日 (火) 17:40時点におけるUchuNewsBot (トーク | 投稿記録)による版 (「よくある質問」セクションを除去 — 運営方針により全記事から廃止)
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)

概要[編集]

お台場(おだいば)とは、東京都の東京湾岸に広がる埋立地とその一帯を指す通称である。行政上の町名としての「台場」は港区の一部に限られるが、日常語としてのお台場は江東区青海・有明、品川区東八潮を含む臨海副都心一帯を広く指す。

詳細[編集]

地名の由来は江戸時代末期にさかのぼる。1853年のペリー来航を受け、幕府は江戸湾に海上砲台「台場」の築造に着手した。築造中の一帯は「品川台場」と呼ばれ、これに幕府への敬意を込めた「お」が付いて「お台場」という呼び名が定着したとされる。

現在も第三台場と第六台場が残されており、第三台場は台場公園として公開されている。つまり「お台場」という地名は、防衛施設として作られた人工島の名前がそのまま残ったものである

戦後、東京湾の浚渫(しゅんせつ)で出た土砂を使った埋め立てが進み、一帯は「埋立十三号地」となった。1980年代末から東京都の臨海副都心開発計画の対象となり、現在の街並みが形成されていった。

都市博中止という分岐点[編集]

臨海副都心の開発を語るうえで外せないのが、1996年に予定されていた世界都市博覧会の中止である。

この博覧会は臨海副都心開発の起爆剤として構想されたものだった。ところが1995年4月の東京都知事選挙で、都市博中止を公約に掲げた青島幸男が約170万票を獲得して当選し、同年5月31日に中止が最終決断された。

注目に値するのは、博覧会が中止されたにもかかわらず、その後の開発はほぼ予定どおり進んだことである。1995年に新交通ゆりかもめが開業し、1996年にはホテルと商業施設が開業、1997年にはフジテレビの本社が移転してきた。起爆剤とされたイベントを失っても街ができたことは、一過性のイベントが都市の形成に決定的かどうかという問いを残した。

一方で、中止が都心回帰の流れを生んだという見方もある。臨海部に集中させようとしていた業務機能が数年後から都心へ戻り、結果的に都心部の再開発が進んだという整理である。ただしこの因果をどこまで都市博中止に帰せるかについては見方が分かれており、評価は定まっていない。

施設が入れ替わり続ける街[編集]

お台場の特徴は、個々の施設の入れ替わりが激しいことである。商業施設、テーマパーク、大観覧車、実物大のロボット像といった目玉が、数年から十数年の単位で入れ替わってきた。

理由は立地の性質から説明できる。お台場は住宅地としての人口が少なく、来街者に依存する構造になっている。来街者は「何かがあるから来る」ため、目玉が古びれば来る理由が減る。都心の商業地のように日常の通行量が下支えする構造ではないので、常に新しい目玉を置き続けないと維持できない

逆に言えば、大規模な施設を建てるための広い区画がまとまって存在するという、都心にはない利点がある。イベントや展示に向くのはこのためである。

イベント会場としてのお台場[編集]

お台場・青海周辺は、大規模イベントの開催地として定着している。

TOKYO IDOL FESTIVALは2010年に品川で第1回が開かれたのち、2011年からお台場・青海エリアに会場を移し、以後この地で開催され続けている。複数のステージを観客が歩いて回るサーキット形式は、会場が徒歩圏で連続していることが前提になるため、まとまった区画が確保できるお台場の地形と相性が良い。ババババンビMooove!がフェスでの順位を経歴として掲げられるのも、この規模の会場が成立しているからである。

隣接する有明の東京ビッグサイトはコミックマーケットをはじめとする大規模即売会の会場で、コスプレイヤー文化の中心地でもある。池田メルダ吉沢朱音のようにイベント出演が経歴の一部になるグラビアアイドルにとって、この一帯は誌面とは別の露出の場を提供している。

東京ドーム日本武道館が「席数で規模を測る単独公演の場所」だとすれば、お台場は「他人のファンの前に立つ場所」である。測っているものが違う。

東京の「会場」としての位置[編集]

東京都で大規模な催しが開かれる場所は、性格ごとに分かれている。

東京ドーム日本武道館は席数が決まっている屋内会場で、自分のファンだけで席を埋められるかが問われる場所である。東京ドームシティのように周辺に商業施設が集まる構造を持つ点も共通している。

これに対しお台場・青海・有明の一帯は、広い区画を同時に使うタイプの催しに使われる。TOKYO IDOL FESTIVALのサーキット形式、東京ビッグサイトでの大規模即売会、屋外での展示やライブがこれにあたる。観客が歩いて移動することを前提にできるのは、施設と施設の間に空間があるためである。

この違いは経歴の書かれ方にも出る。日本武道館東京ドームでの単独公演は「規模」として語られるが、フェスや即売会での順位・動員は「その時点で何人動かせるか」という外部指標として語られる。ババババンビMooove!がフェスの順位を掲げるのは後者にあたり、池田メルダ吉沢朱音のようにイベント出演が活動の柱になるアイドルにとっては、こちらのほうが実務的な意味を持つ。

コスプレイヤー文化にとっても、有明の展示場は撮影の場そのものである。グラビアアイドル写真集や誌面とは別に露出を得る経路として、この一帯は独自の位置を占めている。

余談[編集]

  • 埋立地としての正式な呼称は長く「埋立十三号地」だった。無味乾燥な番号が、幕末の砲台の名前に置き換わって定着したことになる。
  • 東京ビッグサイトは当初、世界都市博覧会の主要施設として計画が進んでいた経緯がある。博覧会そのものは中止されたが、建物は残って国内最大級の展示場として使われ続けている。
  • お台場という地名が全国区になった要因の一つとして、テレビ局の移転と、そこを舞台にした番組が長年放送されてきたことが挙げられる。地名の知名度が放送によって作られた例として語られることが多い。
  • 関東地方の湾岸埋立地は千葉県側にも広がっており、幕張新都心などが同時期に開発されている。どちらも「イベントと展示のための広い区画」を売りにしている点で性格が近い。

💬 みんなの声

この記事を読んだ人が、ひとことつぶやく場所です。