| ゴジラ Godzilla | |
|---|---|
| 監督 | 本多猪四郎(第1作) |
| 製作 | 田中友幸(第1作) |
| 脚本 | 村田武雄、本多猪四郎(第1作) |
| 原作 | 香山滋(第1作の原案) |
| 撮影 | 玉井正夫(第1作) |
| 音楽 | 伊福部昭(第1作) |
| ジャンル | 怪獣映画、特撮 |
| 制作会社 | 東宝 |
| 配給 | 東宝 |
| 劇場公開 | 1954年11月3日(第1作) |
| 上映時間 | 97分(第1作) |
| 言語 | 日本語 |
| リンク | https://godzilla.jp/ |
概要
ゴジラとは、1954年に東宝が公開した映画『ゴジラ』に登場する巨大生物、およびそこから半世紀以上にわたって続く一連の作品群を指す名称である。日本の特撮作品を代表する存在で、2014年には「もっとも長く続いている映画シリーズ」としてギネス世界記録に認定されている。
詳細
第1作は1954年11月3日公開。製作は田中友幸、本編の監督は本多猪四郎、特技監督は円谷プロダクションを後に設立する円谷英二、音楽は伊福部昭が担当した。核実験によって眠りを覚まされた生物が東京を破壊するという筋立てで、公開年の3月に起きた第五福竜丸の被曝事件が制作の背景にあったことは繰り返し語られている。
以後、ゴジラは東宝の看板として断続的に作られ続けた。日本で製作された実写作品は2023年の『ゴジラ-1.0』で通算30作目にあたり、アメリカ合衆国で製作された作品を含めるとシリーズ全体は40作規模になる。作品ごとに設定はつながったり切り離されたりするため、シリーズ全体を一本の物語として読む必要はない。
着ぐるみという選択
巨大生物を動かす手法として、当時の海外では人形を1コマずつ動かして撮るストップモーションが主流だった。『キング・コング』に衝撃を受けた円谷英二も当初はこの方式を検討したが、1コマごとに人形の姿勢を直す撮影は完成までの日数が読みにくく、日本の製作規模と公開日程では成立しなかった。
そこで採られたのが、俳優が怪獣の造形物を着て演じ、ミニチュアで組んだ街をその場で壊すという方式である。通常の撮影とほぼ同じ速度で撮れるため日程に乗る。ここで生まれた表現上の課題と対処が、そのまま日本の特撮の作法になった。ミニチュアは実物より小さいぶん、崩れる速度が実物より速く見えてしまう。これを高速度撮影で撮り、再生時に遅くすることで重さを出す。つまり、予算と日程という制約から選ばれた手法が、結果としてジャンルの様式そのものを決めている。
役割が変わり続けたキャラクター
ゴジラは一貫した性格を持つキャラクターではない。第1作では人間の手に負えない災厄として描かれるが、1960年代半ば以降は子供向けの番組編成のなかで他の怪獣と戦う立場に移り、人類の側に立つ場面が増えた。1984年の作品では再び破壊する側に戻され、以後の作品でも位置づけは作品ごとに置き直されている。
これは設定の揺れというより、観客が入れ替わったことの反映である。公開間隔が数年空くシリーズでは、前作を劇場で観た層と今回の観客が同じとは限らない。誰に向けて作るかが変われば、同じ姿をした存在の役割も変わる。長期シリーズが原点に立ち返るという言い方をされるとき、実際に戻っているのは造形や設定ではなく「人間の手に負えないものとして描く」という第1作の扱い方である。
海外での受容
1956年にアメリカ合衆国で公開された版は、日本版をそのまま翻訳したものではなく、アメリカ人記者の場面を新たに撮影して編集し直したものだった。英語圏で最初に知られたゴジラはこの再編集版であり、日本公開版が海外で広く観られるようになるのはかなり後のことである。
2023年の『ゴジラ-1.0』は、アメリカ合衆国の第96回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した。日本で製作された作品としては同部門初の受賞で、監督が同賞を受けたのはスタンリー・キューブリック以来2人目にあたる。受賞に際しては製作費の規模が話題になったが、この語られ方については、少ない予算で高い成果を出したという評価と、日本の映像制作にかけられる費用の水準がそもそも低いことの裏返しだという指摘が並んでおり、どちらか一方に決着したとは言いがたい。
余談
- 第1作の鳴き声は、コントラバスの弦を樹脂を塗った手袋でこすった音を加工したものとされる。動物の声の録音を加工したものではない。
- 破壊されるミニチュアの建物は、壊れ方を計算して材質や厚みが決められる。丈夫に作りすぎると壊れず、脆すぎると崩れ方が軽く見える。
- 1998年と2014年以降にアメリカ合衆国で製作された作品があり、造形や設定は日本版と異なる。同じ名前の存在が国ごとに別の像で流通している例と言える。