概要
演劇とは、俳優が観客の前で役を演じて物語や情景を提示する舞台芸術である。同じ演目でも上演ごとに内容が一度きりのものになる点が、映画や配信作品との最大の違いである。
詳細
演劇が成立するには、演じる者と見る者が同じ時間・同じ空間に居合わせる必要がある。記録して後から見る形式ではないため、俳優はその日の客席の反応を受けながら演じ、観客は目の前で起きていることを直接見る。台本と演出が同じでも、初日と千秋楽では別の上演になる。
この「一度きり」という性質は、商品としての性格も決めている。映画は一度撮れば何度でも上映でき、配信なら追加費用がほとんどかからない。演劇は上演回数を増やすたびに俳優とスタッフの拘束が発生するため、コストが観客数に比例して減らない。客席数と公演回数の掛け算が売上の上限になるので、料金は映画より高くなる。
日本の演劇の層
日本の舞台には性質の異なる複数の層が並存している。
伝統芸能 - 歌舞伎、能、狂言、文楽など。数百年の型が受け継がれており、演目そのものが古典として固定されている。歌舞伎は現在も専門の劇場で定期的に興行が組まれ、家に属する俳優が代々の名前を継ぐ制度が続いている。
商業演劇・ミュージカル - 劇団四季は1953年に創立され、大型ミュージカルのロングラン公演を日本に定着させた。同じ演目を同じ劇場で長期間上演し、観客が入れ替わり続ける形は、それまでの日本の興行にはなかった方式である。宝塚歌劇団は1914年の初公演以来、女性のみで構成される劇団として独自の様式を保っている。
小劇場 - 数十から数百席規模の会場で上演される。予算が小さい代わりに企画の自由度が高く、新しい作り手が出てくる場になっている。ここで評価された演出家や脚本家が商業演劇やテレビ・映画へ移ることも多い。
2.5次元ミュージカル - 漫画・アニメ・ゲームを原作として舞台化した作品群を指す。原作のファンがそのまま観客になるため、演劇に馴染みのなかった層を客席に呼び込んだ。俳優側にとっては、原作のキャラクターとして認知されることが知名度の入口になる。
「その場に行かないと見られない」が持つ二面性
配信が当たり前になった時代に、劇場へ足を運ばないと見られない形式が残っているのは不利に見える。実際、席数という上限があるため、どれだけ人気が出ても一度に届く人数は限られる。
しかし同じ制約が価値の源にもなっている。記録が残らない、あるいは残っても体験の代わりにはならないという前提があるため、「その回に居合わせた」ことが意味を持つ。チケットが取れないこと自体が話題になり、公演期間が終われば二度と同じものは見られない。映画や配信作品では成立しない希少性である。
配信での上演記録の販売や、劇場での中継上映も行われるようになったが、これは劇場体験の代替ではなく別の商品として扱われることが多い。両者を同じものとして比べるべきかどうかについては、作り手の間でも見方が分かれている。
俳優のキャリアにおける位置
舞台は俳優の技術が直接見える場である。編集で繋げることができず、撮り直しもできないため、台詞の量と体力、声の通り方がそのまま評価される。映像作品を主戦場とする俳優が定期的に舞台に出るのは、この点を確認する意味もある。
逆に、舞台出演は拘束期間が長い。稽古と公演で数か月が埋まるため、映像の仕事と並行させにくい。所属事務所の方針や本人の時期によって、舞台中心か映像中心かが選択される。
アイドルやグラビアアイドルから舞台へ進む経路もある。吉田実紀のように、グラビアや映像での活動を経て舞台作品へ軸を移す例がある。舞台は容姿ではなく台詞と動きで評価される場であるため、キャリアの転換点として選ばれやすい。
漫画作品が舞台の題材になることも増えており、マチネとソワレのように舞台・演劇そのものを題材とした漫画も存在する。
余談
- 舞台では「マチネ」(昼公演)「ソワレ」(夜公演)という呼び分けが使われる。いずれもフランス語由来で、同じ日に2回公演がある日は体力の配分が問題になる。
- 千秋楽という語は相撲興行に由来するとされ、興行の最終日を指す。演劇で当たり前に使われる用語のいくつかは他の興行から来ている。
- 劇場では開演後の入場が制限されることが多い。物理的に暗いという理由だけでなく、上演中の音や動きが他の観客と俳優の両方に届いてしまうためである。
- 舞台の記録映像が長く販売されなかった時代には、ファンが上演内容を文章で書き残して共有する慣習があった。映像が残らない前提の分野では、観客の記録が資料になる。