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大阪府生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)在学中に漫画を描きはじめ、1967年に「バラ屋敷の少女」でデビューした。学費を稼ぐための仕事として始めた面があり、当初から歴史ものを志していたわけではない。 | 大阪府生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)在学中に漫画を描きはじめ、1967年に「バラ屋敷の少女」でデビューした。学費を稼ぐための仕事として始めた面があり、当初から歴史ものを志していたわけではない。 | ||
転機は1972年、[[集英社]]の『週刊マーガレット』で連載を開始した『[[ベルサイユのばら]]』である。フランス革命期のヴェルサイユ宮殿を舞台に、実在のマリー・アントワネットと、男装の近衛士官という架空の人物オスカルを並べて描く構成をとった。 | |||
=== 「歴史もの」が少女漫画で成立することを示した === | === 「歴史もの」が少女漫画で成立することを示した === | ||
本作の企画時、編集側には「少女読者に歴史は理解できない」という見方が根強くあったと池田自身が繰り返し語っている。当時の[[少女漫画]]は学園や家庭を舞台にした身近な話が主流で、外国史を正面から扱う長編はほとんど前例がなかった。 | 本作の企画時、編集側には「少女読者に歴史は理解できない」という見方が根強くあったと池田自身が繰り返し語っている。当時の[[少女漫画]]は学園や家庭を舞台にした身近な話が主流で、外国史を正面から扱う長編はほとんど前例がなかった。 | ||
にもかかわらず読まれたのは、 | にもかかわらず読まれたのは、'''歴史を教えるのではなく、歴史の中に置かれた個人の選択を描いたから'''である。実在の人物には史実という動かせない結末があり、架空のオスカルにはそれがない。この二層構造によって、史実の重みを保ったまま物語としての自由度を確保できる。歴史小説でも用いられる手法だが、[[少女漫画]]でこれを大規模にやってみせた例が本作だった。 | ||
=== 宝塚歌劇との相互作用 === | === 宝塚歌劇との相互作用 === | ||
1974年に宝塚歌劇団が舞台化し、劇団の代表演目のひとつとなった。漫画がヒットして舞台化され、舞台の人気がさらに原作の読者を呼ぶという循環が起きた。'''作品が発表媒体を離れて別の興行の定番演目になり、そちらで新しい世代の観客を獲得し続ける'''という形は、後のメディアミックスより早い時期に成立した例として振り返られることが多い。 | |||
=== 47歳での進路変更 === | === 47歳での進路変更 === | ||
1995年、47歳で東京音楽大学声楽科に入学。卒業後はソプラノ歌手として舞台に立ち、オペラの演出や台本も手がけている。漫画の連載を続けながら音楽活動を並行させており、 | 1995年、47歳で東京音楽大学声楽科に入学。卒業後はソプラノ歌手として舞台に立ち、オペラの演出や台本も手がけている。漫画の連載を続けながら音楽活動を並行させており、'''一度確立したキャリアの上に、まったく別分野の学歴と職能を積み直した'''例として紹介されることが多い。1980年には『オルフェウスの窓』で日本[[漫画家]]協会賞優秀賞、2009年にはフランスの歴史と文化を日本に広めた功績によりフランス政府からレジオン・ドヌール勲章を受けている。 | ||
== 余談 == | == 余談 == | ||
* 大学では哲学を専攻していたと紹介されることが多く、 | * 大学では哲学を専攻していたと紹介されることが多く、'''歴史や思想を扱う長編を書く素地は[[漫画家]]としての修業よりも学生時代の関心の側にあった'''という読み方をされる。 | ||
* 『[[ベルサイユのばら]]』は連載開始から半世紀を超えてなお新装版・舞台・展覧会が繰り返し企画されており、 | * 『[[ベルサイユのばら]]』は連載開始から半世紀を超えてなお新装版・舞台・展覧会が繰り返し企画されており、'''作品より先に「オスカル」というキャラクター名のほうが通じる'''という、原作を読んでいない層にまで浸透した状態が続いている。 | ||
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2026年9月17日 (木) 17:40時点における最新版
| 池田理代子 Riyoko Ikeda | |
|---|---|
| 誕生日 | 1947年 |
| 出身地 | 大阪府 |
| 国籍 | 日本 |
| 学歴 | 東京教育大学(現・筑波大学)文学部/東京音楽大学声楽科 |
| 職業 | 漫画家、声楽家 |
| 活動期間 | 1967年 - |
| 代表的な実績 | 『ベルサイユのばら』『オルフェウスの窓』 |
| 受賞 | 日本漫画家協会賞優秀賞(1980年)/レジオン・ドヌール勲章(2009年) |
| 関連活動 | オペラ(ソプラノ歌手・演出・台本) |
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概要[編集]
池田理代子(いけだ りよこ、1947年 - )とは、日本の漫画家・声楽家である。少女漫画『ベルサイユのばら』の作者として知られ、40代半ばで音楽大学に入り直しソプラノ歌手としても活動している。
詳細[編集]
大阪府生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)在学中に漫画を描きはじめ、1967年に「バラ屋敷の少女」でデビューした。学費を稼ぐための仕事として始めた面があり、当初から歴史ものを志していたわけではない。
転機は1972年、集英社の『週刊マーガレット』で連載を開始した『ベルサイユのばら』である。フランス革命期のヴェルサイユ宮殿を舞台に、実在のマリー・アントワネットと、男装の近衛士官という架空の人物オスカルを並べて描く構成をとった。
「歴史もの」が少女漫画で成立することを示した[編集]
本作の企画時、編集側には「少女読者に歴史は理解できない」という見方が根強くあったと池田自身が繰り返し語っている。当時の少女漫画は学園や家庭を舞台にした身近な話が主流で、外国史を正面から扱う長編はほとんど前例がなかった。
にもかかわらず読まれたのは、歴史を教えるのではなく、歴史の中に置かれた個人の選択を描いたからである。実在の人物には史実という動かせない結末があり、架空のオスカルにはそれがない。この二層構造によって、史実の重みを保ったまま物語としての自由度を確保できる。歴史小説でも用いられる手法だが、少女漫画でこれを大規模にやってみせた例が本作だった。
宝塚歌劇との相互作用[編集]
1974年に宝塚歌劇団が舞台化し、劇団の代表演目のひとつとなった。漫画がヒットして舞台化され、舞台の人気がさらに原作の読者を呼ぶという循環が起きた。作品が発表媒体を離れて別の興行の定番演目になり、そちらで新しい世代の観客を獲得し続けるという形は、後のメディアミックスより早い時期に成立した例として振り返られることが多い。
47歳での進路変更[編集]
1995年、47歳で東京音楽大学声楽科に入学。卒業後はソプラノ歌手として舞台に立ち、オペラの演出や台本も手がけている。漫画の連載を続けながら音楽活動を並行させており、一度確立したキャリアの上に、まったく別分野の学歴と職能を積み直した例として紹介されることが多い。1980年には『オルフェウスの窓』で日本漫画家協会賞優秀賞、2009年にはフランスの歴史と文化を日本に広めた功績によりフランス政府からレジオン・ドヌール勲章を受けている。
余談[編集]
- 大学では哲学を専攻していたと紹介されることが多く、歴史や思想を扱う長編を書く素地は漫画家としての修業よりも学生時代の関心の側にあったという読み方をされる。
- 『ベルサイユのばら』は連載開始から半世紀を超えてなお新装版・舞台・展覧会が繰り返し企画されており、作品より先に「オスカル」というキャラクター名のほうが通じるという、原作を読んでいない層にまで浸透した状態が続いている。