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2026年9月21日 (月) 17:40時点における最新版
| 株式会社博報堂 Hakuhodo Inc. | |
|---|---|
| 略称 | 博報堂 |
| 国家 | 日本 |
| 種類 | 株式会社 |
| 業種 | 広告代理業 |
| 本社所在地 | 東京都港区赤坂 |
| 設立日 | 1895年10月 |
| 設立者 | 瀬木博尚 |
| 主要株主 | 博報堂DYホールディングス(持株会社) |
| 関係する人物 | 瀬木博尚 |
| 別名 | 内外通信社広告部博報堂(旧称) |
| リンク | https://www.hakuhodo.co.jp/ |
概要[編集]
博報堂とは、電通に次ぐ規模を持つ日本の広告代理店である。1895年に瀬木博尚が創業し、日本の広告会社では最も古い部類に入る。
詳細[編集]
1895年10月、瀬木博尚が東京・神田で雑誌広告の取り次ぎを始めたのが出発点である。社名は「博く(ひろく)、華客(とくい)に奉仕報酬する」という経営理念に由来する。1910年には博文館が営んでいた内外通信を譲り受けて通信業も兼営し、一時は「内外通信社広告部博報堂」を名乗った。
創業が電通より6年早いにもかかわらず、業界内の順位が長く二番手だったのは、出発点の媒体が違ったためである。博報堂は雑誌広告から始まり、電通は新聞広告と通信で全国の新聞社に食い込んだ。当時の新聞は雑誌よりはるかに部数が大きく、広告費の集まる場所も新聞だった。どの媒体を主戦場に選んだかが、その後の規模の差として長く残った。
博報堂DYホールディングス[編集]
2003年10月、大広・読売広告社との経営統合により共同持株会社「博報堂DYホールディングス」が設立された。統合の理由は単純で、広告の取り扱いは規模が大きいほど媒体を安く仕入れられるため、上位一社との差が開くと構造的に不利になる。三社が別々に交渉するより、まとめて交渉したほうが条件が良くなるという計算である。
2026年3月期の連結売上高は前期比9.7%減の8,610億円、営業利益は同18.9%増の446億円と報じられた。売上が減って利益が増えるという一見ちぐはぐな結果は、広告業では珍しくない。媒体の仕入れ額をそのまま売上に計上する取引(総額計上)と、手数料だけを計上する取引(純額計上)が混在しており、取引の形が変わるだけで売上の見かけが動くためである。
「粒違い」という自己規定[編集]
博報堂は自社の特徴として、生活者の側から発想する立場を長く掲げてきた。1981年に生活総合研究所を設立し、消費者を「買う人」ではなく「生活する人」として捉える調査を続けている。
これは理念であると同時に、二番手が選んだ戦い方でもある。取扱高の規模で上位に並べないなら、同じ土俵で数字を競うより「発想が違う会社」という位置を取ったほうが指名される理由を作れる。業界の中で長く語られてきた両社の社風の違いは、こうした選択の積み重ねとして説明できる。
キー局のCM枠やバラエティ番組の提供を扱う点では電通と同じ市場にいるが、インターネット広告が過半を占めるようになった現在、両社ともに主戦場の移動という同じ課題に直面している。
余談[編集]
- 創業者の瀬木博尚は蓄えた資産を教育・文化事業に投じ、財団を通じた奨学事業を行った。広告会社の創業者が自社の宣伝ではなく学術支援に資産を向けた例として知られる。
- 社名に「堂」が付くのは、当時の商店・出版社の命名としては自然な形だった。電通の社名が事業内容の略称であるのに対し、博報堂は理念を字に込めている。
- 大広は大阪、読売広告社は新聞社系という出自で、統合後も各社は別法人として存続している。持株会社の下でブランドを統合しないのは、広告主が競合関係にある場合に別々の会社が担当できる体制を残すためでもある。