ログインなしで、このまま編集できます。編集の記録には、名前の代わりに「IPアドレス」(ネット回線の番号のようなもの)が残ります。名前で記録したい方はログインまたはアカウント作成へ。スパム攻撃防止用のチェックです。 決して、ここには、値の入力はしないでください!{{人物 | 罫線色 = #3A5A78 | 背景色 = #16283A | 文字色 = #FFFFFF | 名前 = 田中冬二 | 外国語表記 = たなか ふゆじ | 画像 = [[ファイル:田中冬二.jpg]] | 画像説明 = | 本名 = 田中吉之助 | 別名 = | 生年 = 1894 | 生月 = 10 | 生日 = 13 | 死亡年 = 1980 | 死亡月 = 4 | 死亡日 = 9 | 出身地 = 福島県福島市 | 国籍 = 日本 | 学歴 = 立教中学校 | 職業 = 詩人・銀行員 | 肩書 = | 活動期間 = 1920年代 - 1980年 | 代表的な実績 = 詩集『青い夜道』/郷愁の抒情詩 | 受賞 = 高村光太郎賞(1962)・紫綬褒章(1971) | 関連活動 = | その他 = }} == 概要 == '''田中冬二'''(たなか ふゆじ、1894年10月13日 - 1980年4月9日)は、日本の詩人。本名は吉之助。山国や北国の自然、温泉宿や郷土の食べ物を、静かでつつましい言葉で歌い上げた'''郷愁の抒情詩人'''である。代表詩集は'''『青い夜道』'''。 「ゆふめし時のあかり/障子のなかにくらしがある」といった調子で、誰もが胸の奥にしまっている故郷の風景を、そっと差し出してくれる。じつは生涯を銀行員として勤め上げた、いわば「兼業詩人」だったというのも味わい深い。 == 銀行員の詩人 == 銀行員だった父の長男として福島市に生まれたが、幼くして両親を亡くし、上京して安田財閥の安田善助のもとで養育された。立教中学校を卒業すると、1913年に安田系の第三銀行に就職。以後、銀行員として各地に勤務しながら、こつこつと詩を書き続けた。勤め人の暮らしのなかで磨かれた、生活に根ざした実感が、田中の詩のあたたかさを支えている。 == 『青い夜道』と『四季』 == 1929年、郷愁をテーマにした叙情詩集'''『青い夜道』'''を刊行。山国や北国の自然、日常のささやかな情景を、初々しくも澄んだ感覚で描き出し、注目を集めた。1940年には[[丸山薫]]・[[堀辰雄]]・[[三好達治]]・[[立原道造]]・[[津村信夫]]らの詩誌'''『四季』'''に参加。澄明で精緻な抒情をきわめ、四季派を代表する詩人の一人となった。 == 受賞と晩年 == 1944年、詩集『橡の黄葉』で文芸汎論詩集賞の特別賞を受賞。1962年には詩集『晩春の日に』で第5回'''[[高村光太郎]]賞'''を受け、1971年に紫綬褒章を受章した。郷土の味覚を詠んだ詩も多く、ふるさとの食と風土を慈しむまなざしは、最後まで変わらなかった。 == 余談 == * 父の出身地である富山県黒部市は田中冬二ゆかりの地として顕彰しており、「語りつぎたい黒部人」にも数えられているらしい。 * 温泉宿や郷土料理を詠んだ詩が多く、「食の詩人」としても再評価されることがある。 == 関連項目 == * [[丸山薫]]・[[堀辰雄]]・[[三好達治]]・[[立原道造]]・[[津村信夫]] - 『四季』に集った詩人たち。 * [[高村光太郎]] - 田中が受賞した詩賞に名を残す詩人・彫刻家。 * [[萩原朔太郎]]・[[室生犀星]] - 近代抒情詩の先達。 [[Category:詩人]] [[Category:文学]] [[Category:人物]] {{DEFAULTSORT: たなかふゆし}} 編集内容の要約: 宇宙wikiへの投稿はすべて、クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 (詳細は宇宙wiki:著作権を参照)のもとで公開したと見なされることにご注意ください。 自分が書いたものが他の人に容赦なく編集され、自由に配布されるのを望まない場合は、ここに投稿しないでください。 また、投稿するのは、自分で書いたものか、パブリック ドメインまたはそれに類するフリーな資料からの複製であることを約束してください。 著作権保護されている作品は、許諾なしに投稿しないでください! キャンセル 編集ヘルプ (新しいウィンドウで開きます) このページで使用されているテンプレート: テンプレート:Infobox (編集) テンプレート:Infobox/行 (編集) テンプレート:人物 (編集)