警告: このページの古い版を編集しています。 公開すると、この版以降になされた変更がすべて失われます。ログインなしで、このまま編集できます。編集の記録には、名前の代わりに「IPアドレス」(ネット回線の番号のようなもの)が残ります。名前で記録したい方はログインまたはアカウント作成へ。スパム攻撃防止用のチェックです。 決して、ここには、値の入力はしないでください!{{人物 | 背景色 = #4A0000 | 文字色 = #F9E79F | 罫線色 = #E74C3C | 名前 = 麿赤児 | 外国語表記 = Akaji Maro | 本名 = 大森宏 | 生年 = 1943 | 生月 = 2 | 生日 = 23 | 出身地 = 石川県金沢市 | 国籍 = 日本 | 職業 = 俳優/舞踏家/演出家 | 肩書 = 舞踏集団・大駱駝艦主宰 | 活動期間 = 1960年代 - | 代表的な実績 = 大駱駝艦を旗揚げ/怪優としても活躍 | 別名 = | リンク = }} == 概要 == 麿赤児(まろ あかじ、本名・大森宏、1943年2月23日 - )は、日本の俳優・舞踏家・演出家。暗黒舞踏集団「'''大駱駝艦'''」の主宰で、白塗りの巨体に凄みと愛嬌を同居させた「'''怪優'''」として、映画・ドラマでもおなじみの存在。[[土方巽]]に舞踏を、[[唐十郎]]にアングラ演劇を叩き込まれた、まさに地下文化のサラブレッドである。 == 状況劇場から大駱駝艦へ == 石川県金沢市の生まれ。父は海軍軍人で、テニアン島の戦いで自決したという重い家族史を背負う。早稲田大学第一文学部哲学科を中退後、舞踏家の[[土方巽]]に師事。1964年には[[唐十郎]]の劇団「状況劇場」に参加し、唐の唱える「特権的肉体論」を体現する役者として暴れまわった。1970年に状況劇場を退団すると、1972年に自身の舞踏集団「大駱駝艦」を旗揚げ。「'''天賦典式'''」と呼ばれる様式美を打ち立て、海外公演を精力的に行って「BUTOH」を世界に広めた。 == 怪優として == 舞台だけでなく映像でも引っ張りだこで、クセの強い役・アクの強い役を一手に引き受ける名脇役として活躍。状況劇場時代から[[大和屋竺]]監督作などに出演し、その後も数えきれないほどの映画・テレビドラマに顔を出してきた。舞踊評論家協会賞を複数回受賞し、2021年には文化庁芸術祭賞大賞も受けている。 == 余談 == * 長男は映画監督の大森立嗣、次男は俳優の大森南朋。芸能一家として知られる。 * 大駱駝艦からは、田中泯をはじめ多くの舞踏家が巣立っており、土方巽→麿赤児という「舞踏の家系図」の太い幹になっている。 == 関連項目 == * [[土方巽]] - 舞踏の師 * [[唐十郎]] - 状況劇場で「特権的肉体論」を共にした * [[大野一雄]] - 暗黒舞踏のもう一人の祖 * [[大和屋竺]] - 出演作で縁を結んだ脚本家/監督 * [[寺山修司]] / [[横尾忠則]] - 同時代のアングラ文化を担った面々 * [[MissAV]] / [[FANZA]] / [[稲垣莉生]] [[Category:人物]] [[Category:舞踏家]] [[Category:俳優]] {{DEFAULTSORT: まろあかし}} 編集内容の要約: 宇宙wikiへの投稿はすべて、クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 (詳細は宇宙wiki:著作権を参照)のもとで公開したと見なされることにご注意ください。 自分が書いたものが他の人に容赦なく編集され、自由に配布されるのを望まない場合は、ここに投稿しないでください。 また、投稿するのは、自分で書いたものか、パブリック ドメインまたはそれに類するフリーな資料からの複製であることを約束してください。 著作権保護されている作品は、許諾なしに投稿しないでください! キャンセル 編集ヘルプ (新しいウィンドウで開きます) このページで使用されているテンプレート: テンプレート:Infobox (編集) テンプレート:Infobox/行 (編集) テンプレート:人物 (編集)