講談社

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音羽グループから転送)
株式会社講談社
KODANSHA LTD.
略称 講談社
国家 日本
種類 株式会社
市場情報 非上場
業種 出版業
本社所在地 東京都文京区音羽
設立日 1909年
設立者 野間清治
上場 非上場
年間売上 1691億6900万円(第87期・2025年11月期)
関係する人物 野間清治
代表作品 週刊少年マガジン/進撃の巨人/週刊現代
リンク https://www.kodansha.co.jp/


概要[編集]

講談社(こうだんしゃ)とは、東京都文京区音羽に本社を置く日本最大級の総合出版社である。1909年に野間清治が創業し、雑誌・漫画・書籍から映像化などの版権ビジネスまでを幅広く手がける。

詳細[編集]

売上規模は日本の出版社で最大級。第87期(2024年12月1日から2025年11月30日)の売上高は1691億6900万円で前期比1.1パーセント減、当期純利益は111億8800万円で19.4パーセント増の減収増益だった。ライバルとされる集英社の第85期(2289億円)には売上高で及ばないものの、少年誌・青年誌・少女誌・女性誌・総合週刊誌・写真週刊誌・文芸誌とジャンルの横幅では業界随一と言っていい。

社名の「講談」は、創業初期に発行していた演芸速記の雑誌『講談倶楽部』に由来する。出発点は漫画でも小説でもなく、寄席で語られる講談を活字にした大衆娯楽誌だった。「おもしろくて、ためになる」という創業以来のスローガンは、いまも同社のブランドメッセージとして使われている。

本社は文京区音羽にあり、系列企業グループは所在地から音羽グループと呼ばれる。集英社小学館が属する一ツ橋グループと並ぶ、日本の出版界の二大勢力である。

歴史[編集]

1909年、当時30歳だった野間清治が本郷区駒込坂下町(現在の文京区千駄木)で大日本雄辯會を創立したのが始まり。1911年に講談社を起こし『講談倶楽部』を創刊した。社名は長く「大日本雄辯會講談社」を名乗っており、現在の「講談社」一本になったのは戦後のことである。

1925年創刊の『キング』は、日本の雑誌としてはじめて発行部数100万部に達した国民的大衆誌といわれる。1933年に本社を小石川区音羽町(現在の文京区音羽)へ移転し、以後この地が講談社の代名詞になった。

戦後は1959年に『週刊少年マガジン』を創刊。同じ年に小学館が『週刊少年サンデー』を創刊しており、日本の少年週刊漫画誌はこの2誌の同時創刊から始まっている。1960年代から1970年代にかけて少年誌の頂点に立ち、1990年代には『週刊少年マガジン』が一時400万部規模に達したと伝えられる。

主な雑誌[編集]

漫画誌は『週刊少年マガジン』『別冊少年マガジン』『月刊少年マガジン』『ヤングマガジン』『モーニング』『アフタヌーン』『なかよし』『別冊フレンド』など、年齢層・性別ごとに細かく揃っている。集英社が『週刊少年ジャンプ』という圧倒的な旗艦を持つ一社集中型だとすれば、講談社は複数誌に戦力を分散させた面の広さで戦うタイプである。

漫画以外では、総合週刊誌『週刊現代』、写真週刊誌『FRIDAY』、女性ファッション誌『ViVi』『with』、文芸誌『群像』『小説現代』などを擁する。グラビアアイドルにとっては『FRIDAY』『ヤングマガジン』が主戦場のひとつになっている。

近年はアプリ「マガポケ」やウェブ媒体「コミックDAYS」「現代ビジネス」といったデジタル媒体に読者が移り、紙の雑誌の部数減とデジタル収入の伸びが同時に進行している。

代表的な作品[編集]

漫画では進撃の巨人金田一少年の事件簿GTO五等分の花嫁などが世界的なヒットとなった。古典としては、スポーツ漫画の型をつくった『巨人の星』『あしたのジョー』、長期連載のボクシング漫画『はじめの一歩』、少女漫画の『美少女戦士セーラームーン』などが挙げられる。

進撃の巨人アニメ化と海外配信を通じて講談社の版権収入を押し上げた代表例で、NetflixAmazonプライム・ビデオといった配信サービスの普及が日本の出版社の収益構造そのものを変えたことを象徴している。

デジタルが主力になった出版社[編集]

第87期の売上内訳を見ると、講談社という会社の形が変わったことがはっきりわかる。デジタル収入861億9100万円(前期比8.0パーセント増)に対し、紙の製品売上は430億2100万円(同8.6パーセント減)。つまりデジタルが紙の倍を稼ぎ、売上全体の過半を占めている

一方、アニメ化・実写化・海外展開などの事業収入(版権収入)は285億4000万円で11.8パーセント減。大型作品の映像化サイクルに左右されるため、この項目は年によって大きく振れる。広告収入は69億2900万円で2.6パーセント減と、紙の雑誌の縮小に沿って緩やかに減り続けている。

「出版不況」という言葉が語られて久しいが、少なくとも大手出版社の実態は「紙が縮み、デジタルと版権が伸びる」という構造転換であって、単純な衰退とは言いがたい。ただしデジタル収入の伸びが紙の減少をいつまで補い続けられるかは、まだ答えの出ていない論点である。

余談[編集]

創業者の野間清治は「雑誌王」と呼ばれた人物で、剣道の振興にも力を注いだことで知られる。講談社の敷地内には野間道場が置かれ、現在も剣道界とのつながりが残っている。

同社が主催する野間文芸賞・野間児童文芸賞、そして新人漫画家の登竜門である講談社漫画賞は、いずれも創業者の名前や社名を冠した長寿の賞である。

音羽の本社は、1934年竣工の旧本館と新社屋が並び立つ独特の景観で知られる。旧館の重厚な外観は映像作品のロケ地としても使われてきた。

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