概要[編集]
三重県とは、日本・本州中西部の太平洋側に位置する県である。県庁所在地は津市。面積は約5,774平方キロメートルで全国25位、人口は約172万人で全国22位。どの地方に属するかが省庁によって異なるという、全国でもまれな立場にある県である。
詳細[編集]
北は愛知県・岐阜県、西は滋賀・京都府・奈良、南は和歌山に接し、東は伊勢湾と熊野灘に面する。南北に細長く、北端の桑名から南端の熊野までは直線でも170キロを超える。
県土は北部の伊勢平野と南部の紀伊山地に大きく分かれる。北部は濃尾平野に連続する低平地で人口と工業が集中し、南部はリアス海岸と急峻な山地で、平地がほとんどない。この南北差が県内の性格を分けている。
近畿か東海か[編集]
三重県の最大の特徴は、帰属が定まっていないことである。役所ごとに分類が違う。
三重県自身は「中部地方にも近畿地方にも属していると考えている」という立場を示しており、どちらか一方に決着させていない。
このずれが生じるのは、基準が一致しないためである。旧国名の伊勢・伊賀・志摩はいずれも畿内の周縁にあたり、歴史的な区分では近畿に入る。一方、経済では北勢の四日市・桑名が名古屋への通勤圏に組み込まれており、テレビ放送も愛知県・岐阜県と同じ「東海3県」の枠で扱われる。歴史の線と経済の線が別の方向を指しているため、どちらを採るかで答えが変わる。→東海地方
県内でも一様ではない。北勢は名古屋志向が強く、伊賀は大阪府京都府方面との往来が多い。「三重県は関西か東海か」という問いに県民の回答が分かれるのは、住んでいる地域によって実際の生活圏が違うからである。
伊勢神宮[編集]
伊勢市の伊勢神宮は、内宮(皇大神宮)と外宮(豊受大神宮)を中心とする神社群で、日本の神社のなかでも特別な位置づけを持つ。20年ごとに社殿を建て替えて神体を移す式年遷宮が続けられており、この制度によって建築技術と祭祀が世代を越えて引き継がれている。
近世には「お伊勢参り」が庶民の旅行として大規模に成立し、参詣路の宿場と土産物、そして講(積立で代表者を送る仕組み)が発達した。現在の観光地としての伊勢は、この参詣文化の延長線上にある。内宮の門前にある「おはらい町」「おかげ横丁」は、参詣客向けの町並みを再構成した区域である。
産業[編集]
北部の四日市には石油化学コンビナートがあり、周辺に電子部品・自動車部品の工場が並ぶ。県の製造品出荷額は全国上位で、その大半が北勢に集中している。
- 自動車・輸送機器・電子部品 — 愛知県の産業集積と連続した立地。
- 石油化学 — 四日市コンビナート。戦後の重化学工業化の代表例で、1960年代の大気汚染による健康被害(四日市公害)が公害裁判の先例となった。
- 真珠 — 志摩の英虞湾はアコヤ貝による真珠養殖の発祥地で、養殖技術の確立がこの海域で行われた。
- 畜産 — 松阪牛は国内の高級牛肉のブランドとして定着している。
- 鈴鹿サーキット — 自動車メーカーが1962年に開設した国際規格のコースで、F1日本グランプリの開催地として知られる。
歴史と伊賀[編集]
伊賀は忍者の里として知られる。実際の伊賀・甲賀の地侍集団は、山がちで小規模な領主が分立していた地域で、大名に組織されにくかったことから諜報や工作の請負を担ったと説明される。近世以降の物語や近代の小説・映画を経て「忍者」の像が形成されたため、現在流布しているイメージと史実の区別は容易でない。
近世には伊勢に津・桑名・鳥羽などの藩が置かれ、東海道の宿場が県北部を通った。海沿いには熊野灘の漁村が並び、熊野古道の伊勢路が和歌山方面へ抜けている。北部には愛知県へ通じる東海道の宿場が並んだ。
海外の反応[編集]
伊勢神宮は海外向けの案内では「日本で最も格式の高い神社」として紹介されることが多く、京都・奈良の寺社とは異なる性格の見どころとして扱われる。社殿の写真撮影が制限されている区域があるため、他の観光地と比べて画像がSNSに出回りにくく、その分「情報が少ない場所」として関心を持たれるという指摘もある。
鈴鹿サーキットはF1のカレンダーに長く入っているため、モータースポーツの文脈では県名より「Suzuka」という呼称のほうが通用する。コースのレイアウトが海外のドライバー・愛好者から高く評価されてきたことが、県の対外的な知名度を支える一因になっている。
よくある質問[編集]
Q. 三重県は関西?東海? 総務省は近畿地方、経済産業省は中部地方、国土交通省は東海地方に分類している。県自身はどちらにも属するという立場である。
Q. 三重県は近畿地方の2府5県に入る? 入る。ただし「関西2府4県」と言うときは除かれることが多い。
Q. 伊勢神宮の式年遷宮とは? 20年ごとに社殿を建て替えて神体を新しい社殿に移す制度。建築と祭祀の技術継承の仕組みとして機能している。
Q. 県庁所在地はなぜ津市? 近世の津藩の城下町で、伊勢平野のほぼ中央に位置するため県の中心として選ばれた。ただし人口では四日市市のほうが多い。
余談[編集]
- 津市は日本の市の中で名称が最も短く、ローマ字表記でも2文字(Tsu)になる。表記の短さがしばしば話題になる。
- 「赤福」の赤福餅は伊勢参りの土産として定着した餅菓子で、消費期限の短さを前提に販売地域を限る方式を長く続けている。
- 松阪牛の読み方は「まつさかうし」が正式とされるが、「まつざかぎゅう」と読まれることも多く、読み方の揺れがそのまま残っている。
外部リンク[編集]
- 三重県公式サイト