概要[編集]
富山県とは、中部地方の日本海側、北陸の東部に位置する県である。県庁所在地は富山市。面積は約4,248平方キロメートル、人口は約100万人。持ち家率が全国一位で、「富山の薬売り」に始まる医薬品産業とアルミ産業を柱とする。
詳細[編集]
三方を山に囲まれ、北は富山湾に開く。この「すり鉢」のような地形が県の性格をほぼ決めている。県域がひとつの平野でまとまっているため、長野県や岐阜県のように盆地ごとに生活圏が分断されるということが起きにくく、県庁所在地の富山市に人口と機能が集中し、高岡が第2の都市として続く。
東の県境には立山連峰が壁のように立ち、長野県との間に一般の車道がない。標高3,000メートル級の山から水深1,000メートルの富山湾までの高低差が、直線距離にして数十キロメートルの間に収まっている。この落差が急流河川を生み、水力発電と、それを前提にした電力多消費型の産業が育つ条件になった。
薬とアルミ[編集]
「富山の薬売り」は、江戸時代に藩が奨励した配置薬の行商である。仕組みは、先に薬箱を家庭へ預けておき、次の訪問時に使った分だけ代金を受け取るというもので、現金を持たない農村にも医薬品が行き渡った。この「先用後利」の方式は、信用を前提にした販売形態の古い例として現在でも引き合いに出される。行商網が全国へ広がったことで、情報や物産も一緒に流通し、県外との結びつきが早くから作られた。
現在も医薬品の生産額は全国有数で、ジェネリック医薬品の受託製造が県内に集積している。アルミは水力発電の安い電力を背景に始まり、サッシや建材の分野で全国シェアの大きい企業が本社を置く。産業構造が「薬・アルミ・機械」に偏っているのは、いずれも豊富な水と電力という同じ条件から派生しているためである。
持ち家と暮らし[編集]
持ち家率と一住宅あたりの延べ面積がいずれも全国上位で、三世代同居の割合も高い。製造業中心で転勤の少ない雇用構造、地価の安さ、共働き率の高さが重なった結果だと説明される。統計上の「豊かさ」を測るランキングで上位に出やすい県だが、同時に若年層の県外流出は続いており、指標の良さがそのまま定住に結びついているわけではない。
立山黒部アルペンルート[編集]
立山から黒部ダムを経て長野県の扇沢へ抜ける山岳観光路で、ケーブルカー・バス・ロープウェイを乗り継いで北アルプスを横断する。春の除雪でできる「雪の大谷」は、壁の高さが20メートル近くになる年もある。黒部ダムは1956年から7年をかけて建設されたもので、資材輸送のために掘られたトンネルが現在の観光ルートの一部になっている。
海外の反応[編集]
英語圏では「雪の大谷」の写真がSNS経由で拡散し、春先の富山は雪の壁を見る目的で訪れる行き先として認識されるようになった。富山市のガラス美術館や環水公園の景観も、建築・写真の文脈で取り上げられることがある。
一方、アルペンルートは乗り換えが多く、荷物を持った旅行者には移動が負担だという指摘も多い。混雑期の予約制をどこまで強めるかについては、利便性と体験の質のどちらを優先するかで意見が分かれており、結論は出ていない。
よくある質問[編集]
Q. 富山県は北陸? 中部?
A. 中部地方の9県に含まれ、そのうち北陸3県(富山・石川県・福井県)のひとつとして扱われるのが一般的である。
Q. 富山から長野へ車で行ける?
A. 立山連峰を直接越える一般道はない。車なら岐阜県側か新潟県側へ回る必要があり、アルペンルートは車両を通せない。
Q. 富山湾の名産は?
A. ホタルイカ、シロエビ、ブリが代表格。深い湾と急な海底地形が漁場を作っている。
余談[編集]
- 富山市は郊外の鉄道を市街地へ直結させ、路面電車の路線網を整備した都市として、国内外の都市交通の事例に挙げられることが多い。
- 「富山ブラック」と呼ばれる濃い醤油味のラーメンは、戦後に労働者が白飯と一緒に食べることを想定して味を濃くしたのが始まりとされる。
- 春先の魚津では蜃気楼が観測される。気温差で光が曲がる現象で、条件が揃う日は限られる。
- 県内の家庭で昆布の消費量が多いのは、江戸期の北前船で蝦夷地(現在の北海道)の昆布が入ってきた経路の名残とされる。