概要[編集]

石川県とは、中部地方の日本海側、北陸の中央に位置する県である。県庁所在地は金沢市。人口は約108万人で、そのおよそ4割が金沢市に集中する。加賀百万石の城下町を土台にした伝統工芸と、能登半島の自然が県の二本柱になっている。

詳細[編集]

南の加賀地方と、北へ約100キロメートル突き出す能登半島の能登地方という、性格の異なる2つの地域からなる。加賀は金沢を中心に人口と産業が集まり、能登は過疎と高齢化が進む中山間・漁村地域である。同じ県のなかに都市の県と過疎の県が同居している状態で、県政の課題もこの二重構造に沿って語られることが多い。

面積は約4,190平方キロメートル。2024年1月の能登半島地震では海岸が広い範囲で隆起し、その結果として県の面積が増えて福井県を上回ったことが測定で確認された。地震で県土の面積が変わるという現象は、日本でも珍しい。

加賀百万石と伝統工芸[編集]

江戸時代の加賀藩は、幕府をのぞけば最大の石高を持つ藩だった。軍事より文化に資源を投じる方針がとられ、工芸や学芸の職人が藩に抱えられている。加賀友禅、金沢漆器、金沢箔、九谷焼、輪島塗といった技術はこの時代に育ち、現在も産地として残っている。人口あたりの伝統工芸展の入選者数が全国上位に出るのは、この職人層が途切れずに続いてきた結果である。

金箔は国内生産のほぼ全量が金沢で作られる。湿度の高い気候が箔を打つ作業に向いていたという説明がされるが、要因はそれだけではなく、藩政期に技術と職人が集約されたことが大きい。金箔ソフトクリームのような観光向けの商品は近年のもので、産業としての本体は建築・仏具・工芸の下地にある。

能登半島地震[編集]

2024年1月1日に発生した地震では、輪島市・珠洲市を中心に家屋の倒壊と火災、津波の被害が出た。半島という地形のため道路が限られ、寸断されると集落が孤立する。支援が届きにくかった理由として、この地形条件が繰り返し指摘された。同年9月には豪雨が重なり、復旧の途上にあった地域が再び被災している。

復興をめぐっては、人口減少が進んでいた地域をどこまで元の形に戻すのかという論点があり、集約的な再建を求める意見と、集落単位の再建を重視する意見が並立している。どちらが妥当かは決着していない。

金沢と観光[編集]

兼六園は江戸期の大名庭園で、水を高い位置まで引く工夫(逆サイフォンの原理を使った噴水)が残る。近隣に金沢城公園、ひがし茶屋街、近江町市場、金沢21世紀美術館が集まり、徒歩圏で歴史と現代建築の両方を回れる構成になっている。2015年の北陸新幹線金沢開業で首都圏からの所要時間が短縮され、観光客数が大きく伸びた。

海外の反応[編集]

英語圏では金沢は「戦災を免れて古い街並みが残る都市」として京都と比較されることが多く、規模が小さく歩いて回れる点が評価される。金沢21世紀美術館は現代建築の作品として建築系の媒体で取り上げられる。

一方、新幹線開業後の混雑や、茶屋街での撮影をめぐる指摘も出ている。観光による収入と住民の生活環境をどこで釣り合わせるかについては、意見が分かれたままである。

よくある質問[編集]

Q. 石川県は何地方?
A. 中部地方の9県に含まれ、北陸3県(富山県・石川・福井県)のひとつにあたる。

Q. 加賀と能登の違いは?
A. 南の加賀は金沢を中心とした都市圏、北の能登は半島部の農漁村地域である。冬の風は能登のほうが強い。

Q. 金沢に行くには?
A. 北陸新幹線で東京から2時間半前後。大阪名古屋方面からは在来線特急が主な経路になる。

余談[編集]

  • 金沢は第二次世界大戦で大規模な空襲を受けなかったため、用水路や町割りが藩政期のまま残る区画が多い。
  • 兼六園の「ことじ灯籠」は脚の長さが左右で違う。琴の糸を支える部品に形が似ていることが名前の由来とされる。
  • 冬の雪吊りは、雪の重みで枝が折れるのを防ぐ実用の作業だが、現在は冬の風物として扱われている。
  • 県名の「石川」はかつて存在した石川郡に由来する。県庁所在地の名前が県名になっていない県のひとつである。

外部リンク[編集]

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