概要[編集]

読売新聞とは、読売新聞社が発行する日本の全国紙(新聞)で、1874年に東京で創刊された。長く世界最大の発行部数を持つ新聞社の発行紙として知られてきた。

詳細[編集]

1874年11月2日、東京都で創刊された。朝日新聞が大阪発祥であるのに対し、読売新聞は東京発祥で、大阪府へ進出したのは後年である。創刊当初は小規模な新聞で、部数の面で全国紙の先頭に立つのは20世紀に入ってからのことになる。

正力松太郎と拡大[編集]

読売新聞の性格を決めたのは1924年に経営権を取得した正力松太郎である。正力は紙面をテレビ・ラジオ欄・囲碁将棋欄・娯楽記事で厚くし、報道だけでなく読み物としての価値を前面に出した。当時の東京では朝日新聞と毎日新聞が先行しており、後発が同じ土俵で戦っても勝ち目が薄いという判断があったとされる。

さらに正力は新聞の外側に事業を作った。1934年に職業野球チーム(現在の読売ジャイアンツ)を設立し、1953年には日本初の民間テレビ局である日本テレビを開局させた。いずれも読売新聞が紙面で報じる対象を自ら持つという構図で、宣伝費をほとんどかけずに読者の関心をつなぎ留められる。新聞社が主催事業を持つ理由と同じ計算が、はるかに大きな規模で行われたことになる。

部数[編集]

日本ABC協会の調査によれば、2026年6月時点の朝刊部数は約499万7,000部で、500万部を割り込んだ。2026年3月時点では約518万部で、前年から約38万部減少している。

読売新聞は長く「世界最大の発行部数の新聞」として知られてきたため、500万部割れは業界の外でも記号的な出来事として扱われた。ただし部数の絶対値では依然として国内最大であり、他紙との差も大きい。減少が最も目立つ新聞が最も規模の大きい新聞でもあるという事実は、部数の減少が個別の新聞の問題ではなく、戸別配達を前提にした紙の新聞という仕組み全体の縮小であることを示している。

放送局との関係[編集]

読売新聞グループは日本テレビ読売テレビ放送の双方に資本を持つ。在阪の読売テレビ放送は1958年に日本テレビ系列のネット局第1号として設立された局で、在阪局のなかで唯一、関西の私鉄資本が入っていない。出資者の顔ぶれが局の性格に現れる例としてしばしば対比される。

余談[編集]

  • 「読売」という名前は、江戸時代に瓦版を読み上げながら売り歩いた「読売」に由来するとされる。
  • 正力松太郎は「プロ野球の父」「テレビの父」と呼ばれることがあるが、いずれの事業も新聞の拡販と切り離せない動機から始まっている。
  • 朝日新聞が夏の全国高校野球選手権、毎日新聞が春の選抜を主催するのに対し、読売新聞はプロ野球の球団そのものを保有した。同じ「スポーツを通じて読者をつかむ」という発想でも、取り方が違う。

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